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陶芸教室 桃山時代の陶芸を再現しました

●平成31年 5月18日(土)午前10時30分から12時まで。長岡京市柴の里の手づくり雑貨の店「ハンナ」さんにて桃山時代「織部」の作陶をしました。
皆さんの作陶作品を紹介します。






桃山の雰囲気がでました。大成功です・

京・乙訓通信・古民具やまもと

昨年11月27日に、長岡京市文化協会主催の「骨董をたのしむ」を山本が講演をいたしました。

内容は、(1)骨董とはなんだ、(2)茶の湯が骨董を育てた、(3)なぜ偽物にだまされるのか
でした。90分の講演の中で時間が足りなく残念でしたが来場者からの続きを聞きたいとの声も多く、本年度3月4日午後2時から「手づくり雑貨のお店」Hannaさんのお世話ででミニ講演の予定となりました。詳しくは090-7876−4184のHannaさんに。

京都府長岡京市長岡2丁目19番13号

骨董・古美術のお店

古民具やまもと
土曜日・日曜日午後開店
電話090−9042−0487





仕入れと猫(猫の写真追加)2013年追加

某月某日、雪、春がもう少しで、手が届くところに来ているが、まだ寒い。
1年前の東北大震災、知り合いの骨董商の商品は、地震で全滅。
30数年の仕事も終えたとのこと。
製造業や日常生活商品販売への援助は始まっているが、骨董、古美術商は趣味の世界と思われているのか再建は自立のみ。
いろいろ考えていざ仕入れに。

今日は、京都市内の江戸時代から続くお店に。
古い蔵へと案内され、ローソクのような電球の中、目を凝らして見る。
骨董商の七つ道具の一つ、LEDの電池を点け、一点、一点品物を拝見。
後ろからは、主人の期待の息吹を感じる。
あー、あー。すでに何年前か、骨董の業者が入ったのか、良い品物が見当たらない。
それでも、何点か、よい京焼があり、購入の値段交渉に入るが私の値段が合わない。
主人の希望値段では難しいと説明をするが、納得はされない。
私は、値段を上げていく方法は取らない。一回購入値段を言えば、それが最終の価格。
市で売ってほしいとの希望。私は市で希望価格にならなかった場合、不成立として品を下げることはしない主義。
売りっぱなしですよとの了解を得て、品物を預かる。

後日、売り伝票を見せ、お金を支払う。私の仕入れ価格の方が、3割ほど高かった。
こういう場合もあり、市での売り価格が高い場合もある。
値段をつけるのが難しい。骨董の値段も上がり、下がりがある。

京都の仕入れから戻り、預かった商品を一応簡単に清掃、ふと玄関を見るといつものお客さん。
玄関を開けとくと、玄関をあがり板間に座る。どこのねこちゃんか。
店の中を見回し、静かに出て行く。ありがとうございました。また来てください。




真中にぼやっとしているのが、白と黒の猫。玄関の板間に影が映っている。
携帯撮影。

2012.511追加

店の向かいに出現。こちらを見ています。


悠然とどこかへ。






20013年1月28日午後店をのぞきにきました。
なにかお探しですか?
こんにちは、のらねこか?、かいねこか、
おじさんの店は暇でね、コーヒーでも飲んでいくか
猫はむりかな







おじさんは、古いものを売っているのか?
めざしは?
ないのか。古いものを売ってどうするのか?
ふーん買ってどうするのかな?






おじさん、まあきばってや、帰るわな


                            古民具やまもと
                            猫の大好きな店主

旧日本軍山砲照準器の整備

お客様から、旧日本軍の山砲の「照準器」の整備を頼まれました。

「山砲」、「歩兵砲」は主に山岳地、市街戦に使用され、運搬は砲身、車輪、照準器を分解し、軍馬または兵が運びました。

「古民具やまもと」は、古伊万里、大聖寺などを主に取り扱っていますが、最近は幕末・明治の測量機、旧日本陸・海軍の「航空機の照準機」、「艦船の対空照準器」、「戦車照準器」、「榴弾砲照準器」、「山砲照準器」、「弾着を測定する標定機」などを取り扱うようになりました。
光学機器ですが、昔の日本の光学機器の素晴らしさに魅せられました。
店主は本当は機器が好きなのでは?。

さて、今回修理する「山砲の照準器」ですが、戦地から持って帰ってきたものでなくて、内地(国内)で訓練に使用されたものと思います。
この照準器はかなり使用されていて、ビス、ガタつきあり、致命傷はカビでレンズが曇り、まったく見えません。最悪。


早速、分解、整備に入ります。

油で固着しているのか、なかなか分解できず、ビスは折れるし、1時間かけてやっと分解。
中のプリズムを傷つけないよう、そっと、力を込めて外し、外した位置をマークし、状態を確認。
プリズムが命、傷はなく、欠損もなし。
プリズム、中のレンズはカビ、カビ。
外れなかったのは、当時の油が接着剤化していたのが原因。

蒸留水を麺棒につけ、丁寧にほこりと、カビを取ります。
最後は私の息できれいに。

油も丁寧に取ります。



一応、整備完了です。
ここまで4時間。

これからが大変で、組み立ての位置が大事。はめる位置が狂うと照準器を覗いても、
対象物が、まっすぐにならなく、変な方向に映ります。

プリズムを傷つけない様、そうといきたいが、組み合わせがキチットしているので、ほとんど遊びがない。油をつけ、力をこめてプリズムが部品にあたらないよう、力を入れ、はめます。

成功。ここまで5時間半。休憩を入れて。




外観も丁寧に錆を取り、稼働部分に良質な油をつけ、欠損しているビスも新たにつけ完了。

ビス、ネジですが戦前の時計のネジをたくさん持っていてそこから合わせます。インチでしょうか、ピッチが違うのがあります。
余談ですが、米国、イギリスは、インチですが、双方ともインチの基準が違います。

雨、雨‥‥‥。



9月16日(金)、台風15号の影響で朝から雨。
雨の日は、お客様の来店はあまりなく、午前中は商品の掃除、午後はゆっくりとコーヒーを入れる。
普段は、お客様のコーヒーをゆっくり入れるが、今日は自分のためにゆっくりとサーバーに湯を注ぐ。

コーヒーを飲みながら、店の外の景色を見る。奥から見る店の中は、何かしら楽しい。
ひょっとしたら、この商品たちは、私のコレクションではないだろうかの、疑問が湧く。
そうかもしれない。商品が「そうだそうだ」といってるよう。

雨がきつくなってきた。
ふと、表が開き、「やあ、やまもとさん元気?」と店の近くに居を構える「I」さんが入ってくるように思えた。
そうだ、元京都新聞社記者の「I」さんが、昨日亡くなられたとの連絡があった。
随分、在職中にはお世話になり、骨董屋をはじめたときも、うまくいっているかの心配の連絡をいただいた。

骨董屋をはじめたとき、五里霧中で、むちゃくちゃの商売。いろんな人に助けて貰った。
現在もそう。

「I」さんの「やあ、やまもとさん」の声をいつまでも忘れない様、コツコツとお客様から信用、信頼を得るよう頑張っていきたい。今63歳。あと何年頑張れるか。ある業者さんが「倒れた時が辞める時」と言われた。
そこまでがんばろうか‥‥‥。


最近は、骨董収集家が増え、テレビでも骨董の番組が増えてきたように思える。
コレクターの方も本の知識を十分に持っておられる。
古伊万里、中国の明の赤絵、古唐津、志野、織部など本で勉強し、美術館に行き、知識を得、骨董屋より詳しい方がたくさんおられる。

骨董屋はオールマイティではない。得意な分野があり、まったく苦手な分野もある。

お客様の中には、商品の産地、年代が明確に答えられなかったら、この店は駄目だと思う方も居られる。

皆さんがほしいもの、例えば桃山の古唐津、平安の仏像などは、市井の骨董屋にそう簡単にあるわけがない。
業者の言葉で、間違いのない桃山の志野茶碗を「本歌」というが、その時代の志野茶碗を購入したので、見てほしいと来店される方が多い。
確かに、桐箱、箱を包む古裂は江戸のもの、仕覆も良い。志野の高台、高台脇、肌も良い。時代を経た使い傷(摺れ)もある。
胴の絵も良く走っている。

しかし、おきまりの法則というか、あまりにもすべて揃っていると首をかしげる。
箱、仕覆を脇に置き、茶碗だけを見る。土を見る。焼いた温度、その時間も見る。桃山の窯は効率が悪い、2日、3日では上がらない。(焼成できない)
効率が悪いから、1日、2日かけて、窯の湿気を取る。600度くらいまで。
そこから、900度手前まで、ゆっくりと。
900度を超し、火を強める、薪をどんどん入れる。還元に入る。
桃山の美濃は、だからむっくりとした陶器。

江戸に入り、窯の効率がよくなり、釉薬、土、薪が同じでも、むっくりが出てこない。

わたしも陶芸をやり37年、釉薬、土を美濃から購入して、灯油窯で3日ゆっくりかけて焼成しても、作品は堅い。

その時代のものは、その時代のもの。戻れない。

だから、にせものもでる。ないものをほしいのがコレクター。
桃山でなくてもいいではないか。江戸でもいい。良い茶碗、陶器なら。雰囲気が大事。


雨を、見て、コーヒーを飲んでいると、いろんなことを考える。







骨董を楽しむ。講演から

2011.1.2913時から15時まで
某自治会館にて  講師山本榮二
この内容に、言葉を付け加えて説明しました。文章だけでは不十分で、意図が伝わらないと思いますが、ご了承ください。写真は削除しています。

 はじめまして、「やまもと」と言います。         
 今日のテーマは「骨董を楽しむ」ですね。骨董をみなさん集めておられますか?
少し定年前に退職し、いろいろこれからの人生を考えましたら、好きな道を進もうと思い、「骨董屋」をはじめました。
 自宅から、阪急長岡天神に近いところに店舗を構え、素人の骨董屋のはじまりです。
 いやー、好きな道と商いは別で、勉強することは山ほどあります。
 自分で購入して、自分で楽しむならいいのですが、お客様に販売するとなれば、プロとしての自覚が必要で、お客様は、信用して商品を購入されます。
勤めていたときの勉強よりも、5倍10倍のスピードで勉強です。
8年経ちますが、まだまだ勉強中です。
 でも、どの世界でも、30年勉強してもダメな人は、駄目で、10年で、30年・40年の経験者を追い抜くことができることもあります。それは、情熱を持ってその道を進むかどうかと思います。

1.楽しい骨董
 骨董を収集するには、楽しくなければなりません。
 これが、儲かるか、掘り出しものか、そればかり考えると、損した、得したの話になりますね。
 人から、特に家族から見れば「がらくた」かも知れませんが、自分にとっては大事なものです。それでいいとおもいます。
 その大事なものを集めることから、目が肥え、時には世間で言うところの良いものが手に入るようになるかもしれません。
 「時には世間でいう」のがくせもので、本来は、自分の考えで、好きな骨董を購入するのが、良いと思います。

2、骨董の知識
@骨董とは
 さて、骨董とは、一体なになのか、
 骨と董を見ますと、大言海では「骨」はごたごたしているもの。
 漢字源では「董」は大切なもの、また「骨」は物事を組み合わせている芯なるものとされています。
 わたくしの解釈では、「ごちゃごちゃしたたいせつなもの」と考えます。
 その人にとっては、大事なごちゃごちゃしたがらくたですね。                       
 骨董に対する言葉で、美術品がありますが、美術品は、現代作家の作品も含まれますね。
 その美術品に古を付け加えますと、古美術品ですね。
 骨董品よりも古美術品のほうに格があがりますね。
 古い美術品は「国宝」、「重要文化財」、都道府県ごとの「県指定文化財」などがありますね。
 長岡京市も「市の指定文化財」がありますね。美術品は、文化財につながります。
それらの、文化財が、美術品として市中に出回ります。
 明治の廃藩置県後、廃仏毀釈などで大名や寺院が所蔵していた、国宝の「油滴天目茶碗」、また興福寺の寺宝などが市中に出回り、当時の骨董商が取り扱い、現在各美術館などに収蔵されました。しかし現在も少し出てまいります。

A骨董入門
 次に、骨董の種類・定義と言いますか。どのようなものが骨董と言われるのでしょうか。
 骨董年代は、100年前のものと言われていますが、なぜでしょうか。
これは、アメリカで「通商関税法」が1934年に制定され、加盟国間の通商で100年前に製造されたものには関税をかけないとされました。そのことからアンティークは100年前とされ、現在に至っています。
 日本では明確に定義はありません。
中国では、50年前の商品を持っている者は出国時、別室に連れて行かれます。
 いろいろ述べましたが、骨董品は、古く、希少価値があるものと理解すればよいと思います。

B骨董品の種類
 さて、前置きが長くなりましたが、本題に入ります。
 わたしたちの身近な和骨董では
(1)陶磁器
(2)茶道具・香道具
(3)和ガラス・灯火器(ランプ・ガラスコップなど)
(4)漆器
(5)古民具(箪笥・掛け時計・竹製品など)
(6)古裂(ちりめんが人気)
(7)絵画(日本画・洋画・木版画など)
(8) 仏教美術
(9)化粧道具(櫛(くし)・笄(こうがい)・簪(かんざし)・鏡・化粧箱など)
(10)人形(五月人形・お雛様・御所人形・加茂人形など)
(11)小物(根付・象牙細工・煙草入れ・文房具など)
(12)刀・鉄砲・鎧(よろい)など
(13)機械類(鉄道用品・測量器・顕微鏡・望遠鏡など)
(14) 玩具(ブリキのおもちゃ・幻灯機など)
(15)その他(マッチラベル・駅弁関係品・ホーローの看板など)

 これらが、和の骨董と呼ばれています。

 時間もありませんので、(1)の陶磁器で骨董品の説明をします

(1) 陶磁器
○瀬戸・美濃(陶器)
○唐津・高取(たかとり)・上野(あがの)・小石原(こいしばら)・柳原(やなはら)・星野(ほしの)・弓野(ゆみの)薩摩(さつま)・八代(やつしろ)・小代(しょうだい)・萩(はぎ)・小鹿田(おんだ)・出雲(いずも)など(陶器)
○京焼(楽焼・粟田(あわた)・清水五条坂・洛北・洛西)
○伊万里=初期伊万里・藍九谷手・古九谷手・鍋島・古印判手(磁器)
○東北・中部・関東・北陸(会津本郷・益子・笠間・再興九谷)
○畿内・中国・四国(鹿背山(かせやま)焼・春日野焼・湖東焼・古曾部(こそべ)焼・赤膚(あかはだ)焼、舞子焼・篠山王地(おうじ)山(やま)焼・偕楽園((かいらくえん)焼・砥部(とべ)焼・古万古(こばんこ)・淡路(あわじ)焼、大谷焼)
○琉球
などがあります。


○伊万里は=初期伊万里・藍(あい)九谷手・古九谷手・鍋島(なべしま)・古印判手(磁器)などがあります。

3、骨董を購入する

○たとえば、伊万里を購入します。
 伊万里は人気ですね。骨董を始める方は、まず伊万里の小皿。なます皿を購入される場合が多いと思います。
 色絵、染付け。印判、いろいろありますね。
 伊万里は、ご存知のように、有田で作られ。伊万里港から積み出されたので、伊万里と呼ばれています。
 一般的に、購入するのは12センチ位の小皿で幕末か明治初年の色絵か染付け、印判が多いと思います。
○最初は、コーヒーカップにそば猪口を購入し、ソーサーには小皿を買ってはいかがでしょうか。この辺から入っていけばと思います。

使ってみて、良さがはじめて分かります。
 まずは購入してみましょう。

○さらに少し、違うのを買ってみたい
 幕末から明治にかけての伊万里は、大変多く生産されました。
 伊万里がよく売れたのを見て、瀬戸でも、伊万里を参考にして、それ以上に量産し、現在でも瀬戸物と呼ばれています。
次に小皿が、集まりましたら、香合も欲しい、花器も、中皿もと希望が出てきます。
 小皿は、和菓子、ケーキ皿、お手塩でも使えますね。
 骨董品として購入されても、まず失敗はしません。
 小皿で現在の価格は、特によいものでない限り3500円前後で購入できます。
 価格は、人気、不人気でよく変わりますので、10数年前に購入した品物が、3分の1になったという話しはよく聞きます。

○伊万里の購入ポイント
 商品を見ながら、説明します。
 伊万里の土は、とてもなめらかで、白いのが特徴、轆轤も丁寧で、高台も山形で丁寧。
 まず呉須の色を見てみます。よい呉須ですね。
 次に、高台のきり方、仕上げですね、見事ですね。
 下絵、上絵のデザインも特徴がありますね。見込みも見てください。
 小皿の次は、6寸、7寸、8寸と進むとよいと思います。
 予算は、1万円から2万円位で止めましょう。
 このあたりになれば、信用のある骨董屋さんで購入するとよいと思います。

○古伊万里のおさらいで、古伊万里の変遷をDVDで見てみましょう。

○もう時間がきました。
今日は骨董のほんの入り口です。もうすでに経験がある方は不十分かも知れませんが。
 次回、また機会があれば、中級編でもしたいと思います。
 骨董は奥が深いです。
 好きなものを身近に置き、愛で、また日常に使うのもよし。
 古いものは歴史をもっていて、これからも50年・100年・200年と持ち主が代わっても生きていきます。
 その過程のひと時に自分が、所有し、愛でるのも、最高の満足です。心も豊かになります。

 今日はどうもありがとうございました。

ちょっと中級編
骨董を収集がはじまり、しばらく経つと古いものが欲しくなりますね。
 明治のお皿、次に幕末、江戸中期、元禄、初期伊万里と深く沈みこんでいきます。
 美濃や唐津、織部、いや京焼もほしい。1楽2萩3唐津と覚えたら、それも欲しい。
箱、あて箱・安全箱よりも共箱が欲しい。
 江戸よりも桃山が欲しい。と際限なく骨董の収集が続きます。
 桃山の茶陶は最高です。それがほしくなります。ここでえらい目を受けます。
 桃山がその辺に簡単にある訳はありません。
 初心、初心。古さよりもその品物の「品格」、「美」を知ること。

古民具やまもとにリンクします。

京都テレビ「谷口な夜」で古民具やまもとが紹介されました

 8月21日夜11時30分放送の「谷口な夜」で店が紹介されました。
 8月12日くらいか、店でTBSに貸し出しをしていた江戸の測量器の小方儀(別名わんからしん)が返却され、その機器の状態を見ていたところに、カメラとディレクターの二人が見え、取材をさせてください。とのこと。
 ご自由にどうぞとカメラ目線で、商品の説明をしました。
 小方儀の状態を早く見たいの気持ちが先に立ち、放送日を聞くのを忘れました。

 22日夜、大学のクラブの後輩から(卒業して39年経ちました)電話があり、先輩見ました。京都テレビで、先輩が出ていたので、興奮したとのこと。
 残念ながら、わたしは見ていなかったので、うまく説明をしていたかを聞くのが必死。良かったのこと。安心しました。
 
 後輩の話を聞くと、谷口さんは有名な人で、同じ大学の卒業生とのこと。それで卒業生はよくその番組を見ているとのこと。
 
 だれか、ビデををお持ちの方。みせてくださいね。

 店では、江戸時代の機器を展示しています。小方儀、中方儀、遠眼鏡、北前船の羅針儀、道中日時計、顕微鏡、望遠鏡など、また江戸城の天文台の渾天儀の模型、当時の蒸気機関車の模型などがあります。
 ご来店の折、お声かけください。

 後日、機器の写真を掲載します。
 

  
 

5.他の店の方が安かった

5.他の店の方が安かった

  久しぶりに、京都の伏見のパルスプラザの大アンティークフェアに出かけた。
阪急河原町から東へ、500メートル位か、京阪四条に到着。
 もう少し東に行き北に入ると新門前、古門前の骨董・古美術の店がある。今日は時間があれば、帰りに立ち寄ろうか。
 もう、8時半。早く京阪墨染めに行き、無料バスに乗り会場に行こう。駅で朝食のパンと牛乳を買い、リュックに詰め京阪に乗車。もうテレビカーもない。川端通りの京阪は地下に潜り、なにかしらさびしい気持ち。

  墨染めに到着すると、もう大アンティークフェアに来たコレクターでいっぱい。
  「こんにちは」
  「山本さん、こんにちは。何かいいものを捜しに。」
  「斉藤さんも。」
  コレクターとしては、大切な仲間。情報交換として仲良くしたい。が、競争相手。いややなー。私は例の店に行き金平糖のガラス瓶をゲットするつもり。まけへんで。
  「山本さん、今日はどの店に。」
 「145Aの○○の店に、三田を見に。斉藤さんは。」
  本当は、金平糖の瓶を買いにいくんやで。
 「いや、鉄道のガラスの茶瓶が入っている店に行きます。」
  ええ、ガラスの茶瓶があるって。欲しい。25000円くらいか。
  「斉藤さん、それ買うの。」
  「うん、業者から電話があり入ったって。35000円。大正やて。」
  無理や。小遣いでは無理。30000円にならないか。あせるな。

 バスが入って来た。出来るだけ後ろに乗らず前に座り、プラザに着いたら。小走りに歩き、人よりも早く入り口に並ぼう。
バスが会場に到着。走るとかっこが悪いので。気持ちを抑えて。なんとか前のほうに並べた。斉藤さんは。あ。わたしの5・6人後ろ。やった。
 「斉藤さん、後ろやね。」
 「山本さん、歩くの早いね。お昼カレーでも一緒にたべようか。」
  「いいよ」
  10時会場5分前。さあ。ダッシュ準備。金平糖を先に買いに行くか。先に茶瓶を買いに行くか。頭の中が混乱。ええ茶瓶だ。斉藤さんごめん。

 10時会場。いらっしゃいませ。2階もありますのアナウンスの声を聞きながらダッシュ。他の人も走っていく人がいる。あ!斉藤さんが前にいる。ええどうして。あかん。もう主人と話しているやないか。あかん取引成立みたい。

 ああ、金平糖の瓶、急がないと。145Aの店に。
 「お早うございます。電話で知らせて貰った瓶、金平糖の瓶はどれですか。」
  急いできたため心臓がどきどきする。主人にさとられたら、欲しいと思われる。冷静に。
 「これですか。いくらですか」
 「最近値も下がってきて、前は20000円しましたが、山本さんやし、17000円でいいです。」
  値札は20000円。
  大正か、昭和初期化。この招き猫の瓶は持っていない。ゲットだ。すぐ欲しいと思われないため。店のほかの商品を見よう。
  後ろで、聞いた声がする。
  「ご主人20000円、これ貰うは。負けて」
  ああ。「それはわたしが貰う予定で、」
 「あ、山本さんや、うーん譲るは」
  「ありがとう。」
 17000円で手に入れた。
  「ちょっと他の店を見てくるは。お昼12時半に。食堂に」
  ああ良かった。斉藤さんに取られなくて。17000円を支払った。

  他の店に、ぶらぶら巡る。

  お昼になり、食堂へ。
 「山本さん、さっきの瓶いくらで買った。」
 「17000円や」
 「ふーん、あれから他のガラス瓶を捜しに回ったら、偶然同じ瓶があって、交渉したら、14000円で買えた。」
  ええ、14000円。
 「どうして、そんなに安く買えたのか。」
 「その店は、ガラス瓶を扱っていなく、磁器が主に扱っているので、早く離したいから、安く買えた。」
 がっかり。3000円の差は痛い。なにか気が抜けた。朝早く起きてきたのに。

 このような場面が、よくありますね。
  京都市内の骨董店を丁寧に見て歩くと、同じものが偶然あり、値段がかなり違うこともあります。
 もう少し安いのがあるかもしれないと思い、捜している間に売れてしまうことがあります。
  お客様が商品を持っておられ、値段の交渉をされ、「少し値段があわなく、少し考えます」と言って、商品を置かれた瞬間、脇から手が出て、「これを購入します」との声が聞こえ、手に商品を持って居られることが多々見ます。
  購入をあきらめ「もう少し考えます」と言って商品を棚に戻した瞬間、交渉権は放棄したことになりますね。
 ただ店主も、お客様が手に取っていなくても、商品を前にして値段の交渉が続くか、商品の前で購入するか迷って居られるときは、他のお客様が欲しいといわれても、「少し考えて居られますから、お待ちください」と言います。
 明らかに、その時点で交渉が終われば、次の人に売ります。
時たまパルスプラザなどで、「一周してきますので、置いててください」と言われるお客様が居られます。
 予約金・手付金とでも言いますか、わずかでもお金をおいておかれたらいいのですが、言葉だけでは、わたしは「他の人が欲しいと言われたら、売りますので。」とハッキリ言います。

  先ほどの店のように、普段扱っていないものが入荷した場合、早く売りたい店もあります。その場合は他の店よりも安く小売価格を設定することもあります。
店売りの場合は、立地条件、社員などがいる場合は経費が高くなり、それが価格に反映することがあります。

 よく、あそこの店は高い、とても高い、逆にあそこの店は安いとの声を聞きます。骨董・古美術の価格は、最終的に購入者が納得して決めるのが原則です。
 欲しい方は、いくらでも、また少し予算が超えても購入されますし、いらない方は、いらないのがこの世界。

  生活必需品ではありませんが骨董・古美術は、心を豊かにしてくれます。国宝・重要美術品は美術館などに収蔵・展観され、それを鑑賞することができますが、自分の物にはとてもできません。
 しかし、それに近いものが手に入るかもしれないのが、骨董・古美術の世界です。ひょっとしたら、とてもよいものが手に入るかもしれない。この気持ちがこの世界です。夢があり、知的ゲームかも知れません。
知的ゲームって?。購入者の骨董・古美術への知識が購入時に試されることでしょうか。


  ○値段は自分で決め購入する。自己責任ですね。
  ○資産を増やす目的ではなく、夢を買うつもりで、楽しみましょう。
  ○掘り出し物は、なかなかありません。相場より安いからといって飛びつ      かない一呼吸。一呼吸。
  ○何でも相談でき、勉強ができ、安心して購入できる店を持つことです。


             大聖寺南蛮人七寸皿明治
                     古民具やまもと  09,11,1
古民具やまもとにリンクします。

4,買った商品の年代が違った

4.買った商品の年代が違った
 
 いつも、行く店で今回も、古伊万里の小皿を買った。
 窓絵が三箇所あり、獅子が描かれている。見込みの呉須もいい色で、上絵付け(うわえつけ)の赤の色も、金も見事、気に入った。
お手塩(おてしょ)にしようか。12センチ位だから、この前買った色絵のそば猪口をコーヒーにして、そのお皿にしょうか。よしそうしょう。
 ご主人、これはいつごろの時代ですか。
 ああ、幕末の手です。すこし勉強します。
 いくらですか。
 5枚で、35000円です。
 少し、安くしてください。
 いつもありがとうございます。3000円引かして貰います。
 じゃ、お願いします。
 そして、商品を家に持って帰り、洗って、さっそく食卓に並べた。
 パートナーも、いいねお父さん。
いいだろう。
子供は、興味がないが、このときが幸せ。いいものが手に入ると心が豊かになる。骨董は楽しい。

あくる日の午後、友人がやってきた。
ちょっと見てくれる。いつもの骨董店の京都さんで伊万里の小皿を5枚買ってきた。見てくれる。幕末やて。
見る、見る、へえー、いいのを買ったのやな。うーん。
友人は、じっと見たまま、何も言わない。不安になって。
何かおかしいか。
いいや、おかしくないよ。うーん。
なんや、言って。
うん、悪くしんといてな。これはいい品物は、品物。ただ。
ただ、なんや。
うん、明治のものと違うか。江戸はないで。

愕然。江戸だから買ったのに。なにやら空虚な感じがしてきた。
でも、明治でも良い品物やし、大丈夫やでと友人は言ってくれるのが、せめてもの慰め。

このような場面が、みなさんも多いと思います。
業者が、明治と知っていて売ったのか、知らずに江戸だとして売ったのか。判断が難しいですね。ただ明治だと知っていて、江戸として売るのは、問題がありますね。
このような、業者もあると思いますが、まじめな業者もいます。
友人の鑑定力も確かなものでしょうか。

職人も幕末を境にすべて亡くなる訳でなく、窯も、土も、釉薬も、下絵、上絵などの職人仕事は、明治の世になっても仕事をしていたと思います。明治初年、中期といっても手は同じです。
それよりも、購入者は、自分がその品物が好きかどうかでしょう。
人に振り回されないで、自分の納得が大事です。

時代があるかは、最終は自分の判断。
購入決定は、自分の判断。
勉強、勉強が骨董の味。楽しみです。
だから骨董は楽しい。
         

         加賀の大聖寺(明治前期から中期)八寸皿


古民具やまもと

健脾丸の看板が乙訓に帰る   追加です薬袋を発見

 乙訓にお帰り、健脾丸(けんひがん・地元ではけんぴがんkenpiganと呼ばれていた)看板さん。
2009年8月26日に健脾丸の看板を長野県在住の方から手に入れました。
  今回のは、当時に健脾丸が向日町から地方の代理店に配布した一つだと思います。

  私が以前勤務していた職場の仕事で、市史作成に携わった時に、健脾丸の話を地元の方から聞き、興味を持ちその店の帳場の什器、書類、看板等どこにいったのか、すごく興味があり、退職後も関連資料がないか探していました。
   鳥羽屋の建物が壊される前に向日市史編纂委員会が調査に入り、資料は向日市文化資料館に館蔵されていると聞きますし、松葉屋は府の指定文化財になり、須田さんが維持、管理されています。
  富永屋は、現在も守り継がれていて、地域のコミュ二ティ、文化歴史の発信の場となっています。
  西国街道沿いの東野辺(ひがしのべ)の健脾丸の看板が目の前に現れ、感動をしています。これで松葉屋、富永屋、鳥羽屋、健脾丸が揃ったことで、近世の商いの歴史がもどったように感じます。

  退職した後、骨董屋の利を生かし、向日市、長岡京市、大山崎町、京都市の旧乙訓の近世資料をあちこちで集めてきました。
  いつか、小さな町の資料展示館のような、資料展示をと思っています。
  近々には、向日町にありました「向日窯」、「河合卯之助陶芸展」を開催すべく準備をし、続いて大正、昭和(戦前)の旧乙訓郡絵葉書展、幻の愛宕山鉄道資料展等を企画しています。これからも、骨董屋の利を生かし、地域の歴史資料を集めたいと思っています。

「15年4月25日発行、乙訓郡誌」より
「向日町素封家健脾丸本舗上田廣吉(79)氏は
(中略)全国に健脾丸拡張につとめ乙訓唯一
の売薬製造本舗である。
(中略)元和年間からの老舗で効能を誇りとして
いる。」(本文を現代文にしています。)


寸法、幅30センチ
高さ91センチ
厚さ2.5センチ
金具部分を除き
当分は、店舗に置かず、自宅に保管します。
9月5日から店に展示しています。10月まで展示します。気楽に見に来てください

古民具やまもと 
 代表山本 榮二

※骨董屋の利を生かしとは、
 私の手元に商品がない場合は、知り合いの東京から九州までの業者さんに頼み、頼まれた業者さんは業者市などで捜します。何年もかかることもあります。わたしは古文書関係をよく頼みます。(09、08、29追記)

3、購入しなくても店に入れるか

購入しなくても、店に入れるか

今回は、勉強のために店を訪れて、自分の好きな、骨董を見たい人への、一業者からのアドバイスです。
あくまで古民具やまもとの考えですので、前もってご了解をお願いいたします。このことは言いたくはないのですが、考え方がおかしいと抗議を受けたくないための、お断りです。すみません。

やはり骨董が大好きなので、日曜日や時間ができたとき、骨董店を覗きに行こう思いますね。
行くときは、目指す店もあれば、目的もなしにぶらっと歩くこともあります。

 たいていの骨董店は親切で、店の内部を気持ちよく見せて貰えます。そこで甘えすぎて、質問をいっぱいして店主を困らせることにならないようにすべきです。また時代が違う、値段が高い、あそこの店はおかしいなどと、店主に教えるようなお客様にならないように。
 入店は、店の中に向かって「失礼します」、「おじゃまします」などの声かけは大事だと思います。
 店主と他のお客様が話しているのに、話しかけるのは、慎重にすべきだと思います。
店主からみれば、商品が売れるか大事な時かもしれません。単なる雑談であるならば、状況をみて、声かけして商品を出してもらったりすればよいです。
 
 店主も店の良い雰囲気を、お客様に伝えるべきで、お客様も店主に礼儀をもっていると態度をみせるべきです。これから長いお付き合いが始まるかもしれませんから。
 
 しかし、嫌な礼儀のないお客様は、突然店に入ってきて、黙って品物を触り、片手で持ち上げるような人です。店主にとって、一生懸命に仕入れてきた商品を乱雑に扱われたら、ついお客様に冷たく接することになります。
 そのような理由で、あそこの店は冷たい、ぶっきらぼうだと店主は言われたくありません。

 店主もお客様も対等に骨董が好きで、店主もコレクターの一人と理解してください。
 
 店主から見れば、購入されるのではとの期待感を持つお客様と、はじめから購入意思のないお客様はだいたいわかります。
 はじめから、教えてください、勉強中と言って貰えれば、品物の扱い方を見て、親切に品物の年代、特徴を教えていただけます。

 店に敬意を持つ態度があれば、何も買わなくても、「自分の集めている品物が見つかる店はここだ」との超能力のような技が身につきます。?
 
 店の入り口を見て、きれいな店だな、ここは汚いがらくた屋だと思う間は、ただの暇つぶしのお客さんで、超能力は身につきません。
 外見だけでは判断は禁物、中に入り、じっとあらゆる品物を見て、何べんも何べんも見ると、品物が「ここ、ここにいるよ、あなたが探している品物はここ」と呼んでくれます。ほんとうですよ。不思議に呼んでくれるのです。ここまできたら、骨董店めぐりは楽しくなります。
 私を待っている品物は、どの店にあるのか、宝探しです。夢がありますね。手に入れたらわくわくして、何故かしら自然に顔がゆるみ、にやにやします。
 人から何を言われても、自分にとって大事な宝物です。
 
 購入をしなくてもよいですよ。店に敬意を持てば、店主も自然に笑顔。

 うまく、勉強の場を、骨董店めぐりでつくりましょう。できればノートを持ち、店の入り口をデジカメで撮り、特徴を書いておけば、あとで役にたちます。

 次の休みは、骨董店にいきましょうか。

2009.8.24  古民具やまもと

2.骨董の勉強の仕方

今回は、骨董の勉強がテーマですが、難しいテーマですね。
骨董・古美術を取り扱う業者は、お客さんから見れば、何でも知っていてスーパーマンの如くに思われているのではないでしょうか。

 業者も大変な努力をしています。商品を数種類しか取り扱わなければ、ある程度お客様より良く知っていると自負できるのですが、商売となれば、和骨董でも、伊万里、大聖寺、犬山、万古、膳所、清水、姫山、湖東、民平、平戸、九谷、唐津、美濃、六古窯などの陶磁器、京、輪島、春慶、根来などの漆器、箪笥、懸すずり箱、経机などの民具、明治・大正のランプ、氷ガラスなどのガラス類、茶釜、茶碗、水指などの茶道具類、扱う商品は広範囲です。
 これらの商品をすべて知っている訳にはいきません。
 30年、40年に亘り和の商品を扱えば、一通りは知っておられるでしょうが、私みたいに、収集歴は30数年でも、業者の経験では7年です。
 では、どのように商いをしているかと言えば、自分の得意な分野を作り、それを中心に知識を広がらせています。


                大聖寺南蛮人6寸皿
 
 私は、陶磁器が好きで、特に美濃、瀬戸、六古窯が好きで、ずいぶん関連の本を読み、美術館や資料館に出かけ、実物を見ました。
 しかし、手に取り、自分のものにしなければ、品物が見えてはきません。

 基本の知識は、書籍ですが、次は美術館や資料館に出かけ、本物を見る。次に破片でもいいですから、本物を手に入れて、手元でよく鑑賞をするのが、いいと思います。

 購入することが勉強
例えば、古伊万里の小皿を手に入れたいと思うと、一般的に購入する先は、お店に行くか、京都市伏見区のパルスプラザに行き、購入することになります。       
まず、店の中を見て、今までの知識で、これは明治か、江戸の後期かと思い、絵柄などを見て、店主に断り、手にとります。
そして気に入れば、自分の懐と値が合うかを心で決め、店主と値段の交渉に入ります。
時代に自身がなければ、店主に聞き、知識と心で合わし、値段も納得できれば、購入することになります。
本の知識と、購入することが勉強になります。知識が増えていくことになります。
まずは、いろいろ悩み、迷わないで購入が勉強、勉強。

(古民具やまもと)


1.古伊万里の購入ポイント No2

今回は、少し歴史の勉強をと思いますが、難しくなってはおもしろくないので、初めて古伊万里を購入するための、知識だと思ってください。記述は概要です。

伊万里焼は、江戸初期に九州の佐賀県、長崎県にまたがる地域で生産されました。
 当時は、肥前と呼ばれていました。肥前の有田が一番多い、生産量でした。
伊万里焼が突然、生産されたのではなく、秀吉が朝鮮に出兵したときに、朝鮮の陶磁器生産の集団を各大名が日本に連れ帰ったのが始まりです。
 唐津の陶器が作られ、磁器の土の発見で、初期伊万里と呼ばれる磁器の生産が始められました。学術的には肥前磁器と呼ばれます。
初期伊万里は、1610年〜1650年頃と言われています。
 特徴は、下絵の技術も未熟で、いまから見れば素朴、枯れていいのですが、当時の陶工の思いは、うまく描けないとあせりがあったでしょう。
 土も白い磁器ではなく、半磁器のようで、釉薬も還元が強いのか青白くなり、高台も当時の朝鮮の陶磁器のように、土がついている。(専門的には砂目)。土をわざと敷き、くっつかないようにしています。トチン、トチ、トチミ、ハマなどと呼ばれる窯道具を使う前の段階です。
 この時代の伊万里は、値段も高く、品物も簡単に手に入りません。初心者は敬遠して、将来の楽しみにとっておきましょうか。
1640年〜1650年頃、色絵が作られるようになりました。
 以前、古九谷は北陸の九谷の山代で作られたと聞きましたが、現在、有田地方の発掘により、古九谷と呼ばれていたやきものは、有田で作られていたことが明らかになりました。
 その古九谷は、この時代に作られました。
色絵も盛んに作られるようになり、1670年前後、金襴手が現れました。
柿右衛門手・様式は元禄時代、1688年〜1703年頃に制作されるようになり、有田での中心になりました。この時代金襴手もさらに豪華になり、輸出向けとして金をふんだんに作られ、大きな壷、尺皿が作られました。
 この時期にこんにゃく印判、型紙・紙摺り・古印判と呼ばれる製品ができましたが、、型紙・紙摺り・古印判は、制作が手間のため18世紀末には消えてしまいました。
18世紀前半には、そば食が流行り、その器としてそば猪口が大量に作られるようになりました。
18世紀後半から、料理を出す店が多く出来、湯呑、向付け、小皿、なます、色絵、尺皿など一般向けに、数多い種類の伊万里が生産されました。
 初めての方は、この時代くらいから、収集されたら如何でしょうか。時は幕末、明治初年です。
 皆さんは、幕末がよいと思われますが、私の考えですが、幕末の職人、陶芸材料などは、明治初年・20年くらいまで同じ技術ではないでしょうか。
 明治も半ばになりますと、大量生産で絵も、焼成も落ちてきます。
 幕末にこだわらず、明治初年でも変わりません。手に入る値段です。後は親切な店を探すことです。

 たいていの店に多くの伊万里が積み重ねて並べてあるのは、この時代です。

○これで、最初の知識の第1歩。ワクワク、ドキドキして買いにいきましょう。
 あとは、少しずつ本や店主からの知識を増やしていきましょう。
 コレクターの第1歩は、まずは購入。



          骨董店の陳列棚、どれがいいかなあ



          今回は、初期伊万里の破片、10センチを購入
          

1.古伊万里の購入ポイント No1

古民具やまもとから見た古伊万里の磁器は、江戸期が良く売れるので、江戸期の古伊万里を店で揃えるようになります。
 お客様は、「初期伊万里ありますか」、「くらわんかありますか」、「江戸中期の豆皿ありますか」などと来店されます。
 ついついお客様の要望に応えるべく、近畿一円仕入れに回り、経費もかかり、売価が高くなります。
 古民具やまもとでは、仕入れ価格を押さえ、売価をできるだけ低く設定するように努めています。

 お客さまも、店頭に並んでいる、伊万里をみて、何に使うのか、食卓に出し小皿はお手塩に、中皿は魚でもといろいろ考えて買ってください。飾って、また使うのもよし、大事なもので、飾ったままでもいいですよ。ぱっと飛びつかないで一旦考えて買うのもいいかなと思います。
 古民具やまもとの店主も、かなりのコレクターです。店ではしませんが自宅で金襴手の八寸でカレーやスパゲティを食べます。いいお皿で食べたら、また美味しいですよ。自分で洗います。わたしは骨董はいろいろ使って楽しいし、品物も喜びますよ。
 
 さて、古伊万里を買いに行く前に、すこしだけ「古伊万里とは」を覚えましょう。何やこんなん知っていると思う方は、十分ひとりで買いに行けますが、この項は、これからはじめようと思うお客様向けです。ご理解ください。

 古伊万里を見て、これは初期だ、中期だ、幕末と学芸員のような研究はいりません。自分の感性で、良い、欲しいを決めましょう。

@「伊万里」、「古伊万里」とよく聞きますね。
昔は、古伊万里と呼ぶのは江戸中期以前の磁器を言いましたが、現在は「古伊万里」は江戸期、すなわち幕末までの伊万里を「古伊万里」と呼ぶようになっています。
「伊万里」は明治以降に生産されたものを言っています。
少し先へ進んでおられるコレクターはいやそうではない、と言われるかも知れませんが、これからの方は、このことを覚えておられると、楽と思います。

例・・・ある店に行きました。自分好みの色絵の小皿がありました。これはいつ頃のものですか、と聞くと。主人はああ古伊万里の金襴手(きんらんて)ですか、6000円です。入(にゅう)はないし、甘手(あまて)ではなく、貫入(かんにゅう)もない、これだけの絵は珍しい、4寸は丁度よいお手元に使えますよ。お買い得です。とたたみ込んできます。どぎまぎしますね。とても欲しかったら、6000円くらいなら貰いますと言ってしまいますね。
 よく考えると、初めての骨董を買う場合は、符丁か陶器の用語がよくわからないが、わからないのを見透かされてはいけないと思い、ついうなずいてしまいます。
 そして、店主の言葉にただうなずき、気がつけば支払っている自分に気がつく方もおられるでしょう。人は無責任に勉強代だという方もおられるが、骨董の道が、うんと遠回りになりますよ。
 簡単にうなずかないで、わからないことは、店主に聞く、なんでも聞くことが、勘違いなしに、はやくコレクターの道に入れますよ。

先ほどの用語は、この中で説明をしていきます。
 伊万里は、江戸当時港で、この伊万里港から有田地方で作られた磁器を出荷していました。そのため有田と呼ばずに、伊万里と呼ばれるようになりました。

金襴手は、素焼き(粘土成型し、乾燥した後、800度くらいで焼成したものが、素焼きです)に、少し、少しですよ、呉須(ごす)(青い色)で絵を描き、1300度で焼成し、その上に、本焼きしたら赤くなる絵の具、緑になる絵の具などで描き、800度くらいで焼成します。そして金で装飾し700度くらいで、金を定着させ、完成したもの。

染錦(そめにしきは)、呉須の部分が多いので、染錦と呼びます。

入は、制作後、日常使用の時、縁を何かに当て、筋が裏表に入ったものです。

貫入は、素焼きに呉須で絵を描き、透明釉をかけたとき、釉が厚めのときか、窯が早く冷めたときに、起こります。甘手も同じことです。
窯の温度が低くて、甘手になると言われますが、間違っています。温度が低いと生焼けになり、釉が溶けずにざらっとなります。
 ただ、薩摩や萩、瀬戸の一部には、貫入を狙って制作することもあります。



次回は、少し有田の磁器生産の勉強をして、購入の勉強をしましょうか。


骨董よもやま話No4ほしいものを捜す

ここ数年、古伊万里をはじめ、骨董全体が売れなくなっていると言われています。やはり世の中が不況なのでしょうか。

 「古民具やまもと」が開店して、今年で6年目を迎えます。開店当初は、買いやすい値段の印判、伊万里の染付けなどの小皿が売れました。
 その仕入れの為、遠くは瀬戸市、福井県、兵庫県まで出かけて仕入れに回り、仕入れた商品は店や、パルスプラザなどの出店で売れました。
 今も、景気が悪くなっても、売れ行きが悪くなっても、仕入れは頑張っています。
 でも、古伊万里の絵柄など珍しい商品は、以前よりか安くなっているためにコレクターの方がぼちぼち購入されています。
 コレクターだけではなく、これから骨董を収集しようと思われる方は、今が購入のチャンスだと思います。
 
 私は、今、仕入れのチャンスだと思っています。良いものをいかに安く購入して、お客様が手に入る価格で提供し、喜んでいただき、またお店にきていただくよう心がけています。他の業者さんも同じだと思いますが。
 この業界も不況の波が押し寄せてきています。大きな商店、中の商店、私みたいな零細商店も漫然としていては売れません。
 足で稼ぎ、良いものをリーズナブルな価格で売るために、仕入れと商品構成に工夫をしています。
  
 コレクターの方も、これからコレクターになられる方も今が、良いものを購入するチャンスです。
 今は、何でも目についたものを衝動買いをするのではなく、じっくりと考え、時には辛抱し、2・3買う予算で、一つに絞り買えば、ワンランク上のものが変えます。この辛抱が良いものが集まることにつながります。

 では、具体的にどのようなものを買えば、との声を聞きますが、古いものが好きで、目に付いたものを何でも集めるのではなく、自分はなにが好きかが大事で、その好きなものを核として集めればよいと思います。
 古伊万里の染付けの小皿が好きならば、骨董まつりやアンティークまつり、京都ならば21日の東寺、第1日曜日のがらくた市、25日の天神さんなどに出かけ、どの程度の品物がいくらで売られているのかを見て歩くのも大事です。
 何回も、出かけていくと、買わなくても、懇意になる業者もできます。
 話しやすい業者の方から、欲しい品物の、情報を手に入れることが、うまく収集できることのなります。
 自分の判断で良いと思いますが、業者と知り合いになることです。たいていの業者は、お客様が捜しておられる商品がなければ、知り合いの、信用ができる業者を紹介してくれます。
 また、懇意になった業者の店に出かけたら、さらに商品の知識を教えていただけます。

次回からは、この順序の予定で書いていきます。
1.古伊万里の購入ポイント
2、勉強の仕方
3、購入しなくても店に入れるか
4、江戸と言われて買ったものが明治だった
5、他の店が安かった
6、注文したがキャンセルしたい
7、なぜ骨董は高いのか
8、衝動買いしたが、返品は
9、下取りは
10、不用品の買取は
11、分割・予約はできるのか
12、無料で骨董の知識を教えて貰えるのか
13、儲かるか・財産になるか
14、その他


 

 
 
  

骨董よもやま話No3仕入れその2

 業者市(いち)の仕入れ

恭賀新年

今年は、丑年です。ゆっくりと大地を踏みしめて歩きたいと思います。

 
 京都では、初の骨董市は東寺でのガラクタ市ですね。1月4日です。
 各地でも骨董市が開催されます。

 業者の方は、仕入れに大変苦心されています。何でも仕入れては良くありません。
 店売りが中心の業者、各地で開催されるアンティーク祭への出店が中心の業者の方も含め、仕入れに苦労されています。
 
 業者が集まる「市」(以下「業者市」と呼びます。)で仕入れる場合があります。
 業者市での扱う商品は、古伊万里が中心の市、陶器が中心の市、古民具が中心の市、古美術品が中心の市、家を壊した時のとりあえず売れるものを扱う市、など様々です。いずれも市の開催者の性格が出ていて、せりをしていても楽しいものがあります。
 古伊万里が中心の市でも、扱うものは陶器あり、古民具あり、漆器ありでどこの市でも取り扱う商品は同じで、古伊万里の出品が多いと言う事です。
 
 やまもとが参加する市での1日です。例
 市の開始時刻は、いろいろです。例えば10時開始ならば、少なくとも30分前に、到着します。車で行く時も、電車に乗っていく時もあります。

 10時に到着して、会場での座布団の上に、目印を置きます。開催者、帳場の人に挨拶をして、また知り合いの業者さんと店での売れている商品の現況交換をします。
 そうそう、座布団の座る位置は、古株はせり台に近く、新参は椅子か遠くに座ります。わたくしは開店して6年近くなので、じわじわとせり台の近くに進んできました。
 古民具やまもとの専務さん(妻です)は、先輩で8年目。
 しかし、最近、退職後の骨董屋さんは、はじめから真ん中に座れる方がでてきました。他の人より多くから当然との思いでしょうか。仕方ありませんね。わたしは多く買いませんから。
 
 さて、せりが始まる前に、雑談は止めて、真剣に品定めをします。これは店に合うのか、お客様の顔を思い浮かべ、商品よりも自分のコレクションにするのか、頭の中をぐるぐる回し、小売価格を想定し、せりでの落とす値を、決めノートに書き込みます。数が多いのでノートに書き込まないと、うかつにも見過ごすことがあります。

 時代、産地は、など不明なこともあり、サブノートをこそっと開き、確認をしたり、知り合いの欲しい商品に強い業者さんに聞きます。

 せりが始まり、開始の鐘がなります。そうそう中央市場のせりに似ていますね。
 努めて、冷静に自分が欲しい商品が箱に入れられ、前に通過するのを待ちます。「来た来た」、心で再度ノートを確認し、欲しいと思われないようにしますが、されは蛇の道はなんとやら、他の業者さんは、この商品は古民具やまもとが欲しいと思われています。
 それを、別に今日はいらないような素振りで、声を出すタイミングを計ります。いやこの時は楽しいですね。わくわく、はらはら、落札できない時の腹立ち、うまく落札できた時、醍醐味です。
 時には自分の落札予定価格より、高く加熱して、落札する場合があります。利益がほとんどない時もあります。
 この市での様子は、古民具やまもとの様子ですが、他の業者さんも同じような感じではないでしょうか。

 落札した商品は、丁寧に包み、店に持ち帰り、磁器はきれいに洗い、ほかの商品も再度、傷などをみます。
 そして、古民具やまもとでは値札を貼り、棚に陳列をしたり、一旦仕舞って置くこともあります。

 四季に合わせ、店の商品陳列も変えます。

 私は、店舗にいる時も、自宅に帰っても常に仕入れのことを考えています。
 お客様に喜んでいただける商品をどこで、どのように仕入れようかと。
 店は、週2日の開店ですが、仕入れは、近畿一円回っています。サラリーマン時代は、有休もありましたが、退職してから、ほぼ6年、1週間休みなしで頑張っています。妻・専務さんと呼んでいますが、の応援のおかげです。
 私団塊の世代も頑張っています。これからもお客さまと一緒に商品の研究をしたく思います。よろしくお願いいたします。


※セキュリティ上コメントの書き込みができないようにしています。ご了解ください。

  
 

骨董よもやま話 NO3仕入れその1

 よくどこで仕入れるの、とお客様から聞かれます。
 骨董の世界では、仕入れ先を教えるのは、タブーなのか、余り仕入先を教えないようです。本来は仕入れ先は企業秘密です。
 わたしは、店のお客様、京都の伏見のパルスプラザの骨董祭、アンテーク祭などのお客様には仕入れの話をします。
 やはり、購入した品物が、どのような経緯でと知りたいのが普通と思います。
 差しさわりのない程度で書いてみます。
 
 わたしは、業者の市、個人の所蔵家、また地方への初出し(うぶだし)が主に仕入先となります。いずれの時も公安委員会の許可書を常時携行しています。この許可書は警察を通じて貰います。この許可書がなければ、購入はできません。
 
 さて、許可書を持っているからと言って、業者市のオークションには簡単に参加できません。たいていの市は、知り合いの業者さんに紹介して貰ってから参加できます。
 
@業者の市(いち)
 許可書を持っている業者が、市を主催する業者に、市の参加を申し出て、市のオークションに参加します。
 許可書を貰った時点で、もうプロです。間違って買いましたとは言えません。せりが始まる前に品物をよく見ておきます。
 さて、私は、事前に品物の傷などの状態をみて、自分の好きなもの、お客様の顔を思い浮かべながら、チェックをします。
 そして、自分でせりの落札価格をあらかじめ想定して、その品物がせりにかかるのを待ちます。
 自分の思う価格で落札できることもあり、少し加熱して高く落札することがあります。
 うまく落札できた商品を店に持って帰るときは、童心に帰ったようにうきうきしまね。
 店に帰り、商品をきれいにし、当面は店で陳列をします。

A所蔵家から購入
 コレクターですね。良いものを所蔵しておられる方が多いです。その方から購入することもあります。
 うまく話がまとまれば、よいものが手に入ります。しかし購入価格面では難解です。コレクターは、苦労して手に入れた経過を覚えておられ、なかなか手放されません。良い関係、信頼ですが、まずそれから始まります。

B初出し
 先代が収集されていた大切な品物を手放される場合があります。高価なものも時にはあります。
 有名書店の本に掲載されている品物に出会うことがあります。美術品に出会うと買う交渉以前に、感激が先に立ちます。 
 たいていは、知人の紹介でお伺いすることが多く、接遇に気を使います。
 価格面で、不調に終わっても良いものに出会えれば、それはそれで満足です。


 また、普通に電話がかかってきて、お話をお聞きし、まれに始めて訪問することがあります。この場合は、仕入れ商品の購入が困難な場合が多いです。困難とは骨董品ではなく、フリーマーケット的な品物が多く、引き取れないものが多いです。そのため店では、原則として一般には買い取りはしていません。

 一人で仕入れをしますので、できるだけ効率よく活動できるようにと心がけています。
  
 余談ですが、以前開店から3年経過したころ、ちょっと気が慢心して、もう店も軌道にのり、何とかやっ行けると思ったのが失敗。大きく仕入れに失敗しました。
 店も、午後4時になり、閉店の準備をしていた時、電話がかかり、古い蔵のものを整理したい、あなたの店にはじめて電話をした。他の業者には電話をしていない。とのこと。
 古い屏風、鎧、槍、刀、蒔絵の箱などある、電話の向こうの声に、紹介以外買取はしない方針なのに、欲が出て、来週にいきますと返答をしました。
 すると、今日夜に、近所に知られないように来てほしい、とのことで近所に知られないようにそっと売却だなと、かってに解釈して行きました。 
 地理には少し自信もあり、聞いたとうり車で走ると、山の中へ。おかしいな、最近、変な人も店に来たことがあり、一人できたのは失敗かなと思いつつ、欲が車を走らせ、昔からよく知っている山の中の集落にでました。
 ああ、ここは伝説の平家の落ち武者集落で、以前勤務していた時、某大学の先生に頼まれ、民家調査にきた場所だと思い出し、(実は勘違いで、その調査は3キロほど隣の集落)金持ちが多いと思ってしまった。
 その家だけでなく、周りの家も大きく長屋門も大きく、これはなにか良いものがあると心からまた思ってしまった。 
 もう欲で、欲でお宝発掘の思い。
 玄関のチャイムをならすと、静かにして入ってください。静かに入ると、薄暗い電球の下に、屏風が4双、なかなかいい。江戸時代はあり。蒔絵台も上品、鎧、槍も時代がありそう。
 電球の光なので、屏風もよく細部まで見えない。とりあえず槍、刀、鎧は扱っていない旨申し述べ、屏風など良いと思い、交渉に入り、5点ほど大枚はたいて帰りました。
 今思うと電球だけは、変ですね。 
 携帯の電池はなくなるは、家内(専務さんと呼んでいます)は、携帯が繋がらないので、大変心配をして知り合いの骨董屋さんに電話をして、骨董屋さんもおよそ場所を知っているので、出かけようと準備をされていました。皆にずいぶん迷惑をかけました。
 店に品物を置き、自宅に帰り、落ち着くとなんと無謀な行動をしたかと、反省以上の大反省です。  
 もしも、仕入れのお金が目的だったら、と思うと今も反省です。
 それ以後、一般の買取はしていません。

 その仕入れの品物ですか、欲で買ったものは、当然大損害です。


追記:お客様からは、コメントの書き込みができないとの声がありますが、返事を 書くのが大変で、今のところお許しをお願いいたします。

無断転載禁

骨董よもやま話 No2店に入る

 いよいよ店に入ります。
 骨董・古美術・アンテイークの店が多くありますが、西洋と書いてない限りはたいてい和骨董・朝鮮・中国の骨董などが置いてあります。
 まずは、入りやすそうな店を捜します。私は商品が多く、少しだけ雑然とした店が好きです。
 まずは自分に合うかどうか入ってみましょう。
 
 「今日は」と声をかけて入りますと、「いらっしゃいませ」・「どうぞ」・「ごゆっくり見てください」の声が返ってき、店主との出会いが始まります。
 お客様によっては、黙って入ってこられる方も居られれば、「今日は」といっているのに、店主から返事がない店もありますね。
 これでは、気分が悪くなり店から出て行こうと思いますね。
 ちょっと待ってください。雰囲気が悪くとも、自分は何かを探しに来ているのですから、一応店の中を見渡しましょう。そして納得してから出ましょう。
 店の中で、商品を丁寧にみていくと、突然自分の探している、また好きなものが、目に入ってくることがあります。多い骨董の中から、自分を「ここ、ここ」と商品が呼んでいるように、不思議な出会いがありますね。
 恋人に会ったように、その商品の方に吸い込まれていきます。その商品が欲しい気持ちを、店主に悟られないようにと。
 

 かばんやショルダーバックを指定場所に置き、気に入りそうな商品に近づきながら、「見ていいですか」、ケースにあるものは「見せていただけますか」と丁寧に言って、商品を両手で見ます。
 片手は論外ですね。
 
 特に、陶磁器は、欠けやすいので注意が必要なのは皆さんご存知ですが、グループで来られ、大声で話ながら片手でガチャ、ガチャと触るのは、店主はヒヤヒヤしています。
 お客様が漆の商品をべたべたと触るのも、店主は嫌ですね。

 丁寧に見られるお客様は、店主にとって良いお客様です。場合によっては、返事をしなかった店主も、にこやかに「どうですか」といってくれるかも知れません。

 もしも、買うものがなかっても、ありがとうございましたと店主に言って、店主も次回も来ていただけるかもと思い、「また来てください」の声が返ってきます。(たぶん)
 
 お客様にとって行きやすいお店ができることになります。そうすると、聞きたいことも聞けることになり、一歩収集が進むことになります。

 収集するお客様も真剣なら、店主はもっと真剣です。お店に展示している商品は、簡単に集まりません。時間を掛け、遠方へ出かけ、お客様の顔を思い描きながら仕入れてきます。
 その思いが、お客様に伝わり購入していただくと、苦労した甲斐があったなあと喜びに変わり、また良いものを仕入れようという気になります。
 
 お客様は、気に入った商品があれば値段を見たり、表示がなければ値段を聞こうかと、心の中でいろいろ考えますね。
 少しまけて貰おうかと思って、思い切って「これください、少しまけてください。」と言えば、たいていはまけてくれます。
 しかし、ぎりぎりの値段をつけている場合は、ほんの僅かしかまけてはくれません。値段はお客様が、この値段でよいのか、高いかを自分で判断して、購入すればよいと思います。
 安かったら買おうと思うのは、如何なものでしょうか。

 私の場合は、店主に値段を聞く場合、まず心の中でこの値段なら買おうと決めてから、聞きます。はるかに値段が遠い場合は諦め、近かったらこれ位になりませんかと聞きます。
 
 私の店の場合ですが、選びやすいようにすべての商品に値段票が貼付してあります。たまにその値段を見て、いきなり半額ならば買うと言うお客様が居られます。誠に失礼と思います。
 お客様と店主は、一応ニコニコと気持ちよくお取引をしたいですね。

 お客様も、自分と気が合う店を捜され、店主と笑い声が出る関係を作ってください。
 信頼関係ができれば、知らないことも丁寧に教えてもらえます。
 店主からいろいろ教えていただいている時に、来店があれば、他のお客様に迷惑を掛けないように、店の隅に移動するか、そっと出て行くのもマナーです。
 自分はこの店の店主と懇意であると、他のお客様に態度で見せ、どかっと座っているのは、きつく言えば営業妨害につながりかねません。
 その店の常客になれば、いままで以上遠慮が大事と思います。

 店と信頼関係ができれば、初だし(うぶだし、店にまだ出ていない、他のお客様はまだ見ていな新仕入れ商品)の商品を一番最初に見せていただけることもあります。
 店主は、この初だしならば買っていただけると期待しますので、たまにはお客様もそれに答えることが必要かと思います。(気にいらなければ、素直に断れば良いです。)

いや骨董は楽しいですね。

次回もよろしく。

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骨董よもやま話 No1品物の購入までの気持ち

 お客様から、骨董の収集のコツ、古伊万里の見方など多方面にわたり質問があります。
 ブログに書いて欲しいとの希望がチラホラ聞こえてきましたので、筆まめではないですが、一応書いてみます。

  骨董・古美術を購入し、手元に置き、眺めていると夢がいっぱい膨らんできます。
 掘り出しものが手に入った、長年捜していたものがやっと手に入ったなど感動し、何かしら満足な気持ちが湧いてきます。
 そして、骨董収集の道に深く深く入っていくことになります。
 楽しく、ロマンを持ち、ゆっくりとしたペースで収集するのが、長く続けられると思います。私もいまもコレクターです。そのように収集をいまもしています。

 京都の方は大抵品物を捜しにいく先は、東寺、天神さんの骨董市、伏見のパルスプラザの骨董市、また骨董・古美術店などです。ある程度購入商品を決めいく方も、骨董が好きでぶらぶら行く方もおられます。私は両方のタイプです。
 骨董市に行くと、欲しい商品が見つかると、値段が合えばすぐ購入することになるのですが、思っていた額よりも高かった場合、心を落ち着けて、何に使おうか、どの部屋に飾ろうか、を思って購入することです。よく考えて買った品物は愛着があります。
 また、骨董の収集を続けようと思えば、自分に合った骨董店を見つけることです。
 店主といろいろ話をし、教えてもらって知識が増えていきます。大抵のお店は親切に教えてくれます。知ったかぶりのお客様は、店主から見れば嫌な客です。
 節度を持って、店主と接すれば、余り買わなくてもその店とながーく付き合えます。店が学校、店主が先生、自分は生徒と思えば楽しい。授業料は品物で戻ってきます。
 次回は、「No2店に入る」です。
 
 

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