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幻の愛宕山鉄道展ーブログ上ー/写真の追加

「幻の愛宕山鉄道切符・はがき、パンフレット」展

ケーブルカーの電気図面を追加。長岡京市在住のH氏が提供。末尾の「続きを読む」をクリック。

 京都の北西、嵐山、清滝方面に、愛宕山鉄道があったことをご存知ですか。京都生まれ、育ちの66歳の私ですが知りませんでした。たまたま図書館で愛宕山鉄道の本を読み、そういえば古い記憶の中に、愛宕山にスキー場があったことを誰かに聞いたことがあります。
 店のお客様の鉄道フアンから聞いて、資料を集め出したらいつの間にか10年を経過し、どうにか皆さまに報告できる資料が集まりました。
 以前に、店で展観しましたが、お客様からの要望で、今回ブログ上で展観します。まだまだ、足りない資料がありますがお楽しみください。
2014年(平成26年)11月11日
古民具やまもと 店主

1. 愛宕山鉄道の歴史

 愛宕山鉄道の敷設は、大正中頃愛宕山の参詣、登山のために計画され、あわせて山頂にホテル、遊園地。スキー場なども計画された。
 鉄道、ケーブルカーの工事は、昭和3年(1928)6月に開始され、愛宕山鉄道開業は翌年4月に、同年7月にケーブルカーの開業、昭和5年(1930)7月には、愛宕山ホテル、遊園地が開業された。
 ところが、太平洋戦争の末期、戦局の悪化により昭和19年に愛宕山鉄道、ケーブルカー、他の施設も撤去、廃止された。戦後の再開業の計画もあったが、資金難から開業できなかった。

 2、車両等
  
 今の京福電気鉄道(嵐電)の嵐山駅の1番ホームの北側に愛宕山鉄道のホームがあり、駅は嵐山、釈迦堂、鳥居本、清滝であり、線路は単線、総延長は3.39q、トンネルは清滝トンネルの1か所。
 車両は、北大阪電気鉄道が使用していた「1型」車両、長さは約13m、新京阪鉄道(現在の阪急電車)から当初は6車両を借り、後に購入した。
 鋼索線は、延長約2q、高低差は約638m。車両は東洋車両製造、車両は約13m、定員84人、昭和18年廃止の後は、行方は不明だが、宮津のケーブルカーへ行ったとも言われている。
 北大阪電気鉄道1型の雄姿は、2010年6月30日(株)阪急コミュニケーションズ発行の「HANKYU MAROON WORLD阪急電車のすべて2010」の34Pで見ることができる。


嵐山駅の北側ホームの愛宕山鉄道,想像図



                   鳥居本付近の愛宕山鉄道想像図  
3、切符・はがき、パンフレットから

 開業当時の切符・はがき、パンフレットから、開業当時の様子を見る。


@ 「嵐山・清瀧愛宕山・高尾略図」京阪電車発行。開業時の昭和3年か4年
発行。
 ご相談所の欄に「新京阪」の名称が使われているので発行日が特定できる。
「新京阪」は阪急電車の前の社名で、大正14年から昭和5年まで「新京阪鉄
道株式会社」。「新京阪」は北大阪電気鉄道株式会社から大正14年に「新京阪鉄道株式会社」となった。路線は十三から千里山、京都線。(26・5p×19p)


@ の「嵐山・清瀧愛宕山・高尾略図」の裏面。



A 「愛宕山鉄道沿線案内図」愛宕山鉄道株式会社発行
鳥瞰図。西院大阪間の鉄道が新京阪と記載されている。ケーブルカー6月
 開通と記載されているので、昭和4年発行と判明する。

Aの裏面。料金表。
(26p×12・5p)




B「嵐山、嵯峨、御室、清滝、愛宕、嵐峡下り」の案内。鳥瞰図。愛宕山鉄道
発行。かなり詳細に描かれている。開業当初昭和3年か4年発行。
(28・5p×21p)

Bの裏面。



C「嵐山、嵯峨、御室、清滝、愛宕、嵐峡下り」の案内書。鳥瞰図。愛宕山鉄道株式会社発行。昭和6年から7年頃。開業当初の案内書から手直しされ、また裏面の運賃額が改定(値上がり)されている。
(19・5p×18・5p)

裏面



D「国民精神総動員京阪沿線案内その二、愛宕嵐山方面」の案内
書、京阪神急行電鉄株式会社発行、昭和18年発行と推定。昭和18年
阪神急行電鉄が京阪電気鉄道と合併し、京阪神急行電鉄株式会社が発足。
時節も太平洋戦争末期、その時節の中で観光案内が発行されていることは
不思議な感じ。印刷用紙、インクが粗悪になっている。(27p×19p)

裏面



E切符各種



F切符各種



G「愛宕山ケーブル起点清滝川駅」の絵はがき。発行所不明。昭和3年発行。


H「愛宕山ケーブル起点清滝川駅」の絵はがき。
発行所不明。写真は開業東寺のものを使用。昭和4年以降発行。清滝川付近も見える。



I「愛宕山ケーブルカー第二隧道に向ふ鋼索電車」の絵はがき。昭和4年以降発行か。昭和5年の1月2日の記念スタンプ印がある。発行所不明。



J「京都愛宕登山ケーブル」昭和4年以降か。宛名の印刷が他の絵はがきと
異なる。他の絵はがきと違うのか。



K「愛宕山ケーブルカー電車室内部」昭和4年以降か。愛宕山ではなく、愛宕と記述がある。



L「京都愛宕山登山ケーブル第一隧口下り鋼索電車」昭和4年以降か。


M「愛宕山ケーブル第二鉄橋進行中の鋼索電車」発行所不明。開業当初の絵はがき。


N「京都愛宕山登山ケーブルカー頂上」、開業当初の絵はがき。山頂
付近はまだ何も準備が出来ていない様子が分かる。



O「叡山と嵐山」京都電灯株式会社発行。愛宕山鉄道の開業時の昭和4年か5年の発行。四条大宮駅が記載されている。「新京阪」から京都電気鉄道株式会社になった昭和5年に四条大宮が開業された。
 昭和18年まで新京阪と呼ばれた。当時叡山線は、京都電灯株式会社鉄道部叡山電鉄課が担当していた。
 昭和18年になり国策により、京阪電気鉄道と阪神急行電鉄が合併し、京阪神急行電鉄株式会社となり、京都電灯株式会社鉄道部門も吸収された。

Pの裏面


※紅白の横線は、無断で資料が使われないようにしました。ご了承ください。
※12月12日Gの写真を入れ替え、Hのキャプションを修正。


追加:H27.3.4ケーブルカーの電気図面を追加。長岡京市在住のH氏が提供。
祖父の方が、当時ケーブルカーの電気設計技師だったのこと。

90×120cm


大変貴重な設計図を見せていただきありがとうございました。写真は店主が撮影しました。