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陶芸教室 桃山時代の陶芸を再現しました

●平成31年 5月18日(土)午前10時30分から12時まで。長岡京市柴の里の手づくり雑貨の店「ハンナ」さんにて桃山時代「織部」の作陶をしました。
皆さんの作陶作品を紹介します。






桃山の雰囲気がでました。大成功です・

ガラシャ祭りが始まりました

 2018年11月11日ガラシャ祭りが始まりました。朝10時に勝竜寺城公園に行ってきました。もう沢山の人でいっぱいでした。
 私は、京都府下の市町村の物産を買うのが楽しみで、たくさん買いました。今日の天気は秋晴れで祭り日和です。
 勝竜寺城公園を中心に、地元の物産もでて買い物も楽しみです。
 メインの行列は、12時45分からです。出発の場所は阪急長岡天神駅西方面、「長岡京記念文化会館」東側の道路からです。阪急を渡り、長岡京市役所の前から、西国街道を南に。
勝竜寺城公園に2時間くらいかけて到着です。到着した後、お輿入れのイベントが行われます。これは必見です。
 まだ時間は間に合うので、みなさんどうぞ。


 

京・乙訓通信・古民具やまもと

昨年11月27日に、長岡京市文化協会主催の「骨董をたのしむ」を山本が講演をいたしました。

内容は、(1)骨董とはなんだ、(2)茶の湯が骨董を育てた、(3)なぜ偽物にだまされるのか
でした。90分の講演の中で時間が足りなく残念でしたが来場者からの続きを聞きたいとの声も多く、本年度3月4日午後2時から「手づくり雑貨のお店」Hannaさんのお世話ででミニ講演の予定となりました。詳しくは090-7876−4184のHannaさんに。

京都府長岡京市長岡2丁目19番13号

骨董・古美術のお店

古民具やまもと
土曜日・日曜日午後開店
電話090−9042−0487





京おとくにのかくれた名所旧蹟

NPO法人京おとくに・街おこしネットワークが乙訓のかくれた名所を実地調査して、
2015年3月に「京おとくにのかくれた名所旧蹟ガイドブック」発行しました。
 A5で31ページ、持ち歩きやすいようにしています。
 店主も向日市を担当しました。
 冊子は大変好評で、桂川のジャスコの「大垣書店」、JR長岡京駅前の「恵文社」で取り扱っています。一部400円です。
 乙訓の名所旧蹟を訪ね歩くのには最適です。是非購読を。

冊子の一部を紹介します。
◎表紙



全体図


向日市北部

1,琴の橋,2,物集女車塚古墳、3、千代桜天満宮、4、淳和天皇、5、朝日米記念碑
6、物集女城跡、7、京都大学農学部付属植物生殖質研究施設、8京都市洛西竹林公園、9、寺戸大塚古墳、10、桓武皇后稜と宝菩提院白鳳の泉
11、向日市文化資料館、12、築榊講大常夜燈籠

向日市南部

T、朝堂院、2、大極殿、3、内裏遺跡、4、春宮坊跡、5、長岡京史跡築地跡
6、藤原種継島坂で暗殺・石塔寺、7、説法石、8、向日神社、北山遺跡・元稲荷古墳
・笹部新太郎、9、富永屋と向日町、10、須田家住宅と向日町道路元標

長岡京市中央部

1,開田城跡、2、今里大塚古墳、3、九左衛門供養塔と今井用水、4、乙訓座火雷神社(角宮神社)、5、儀杖池、6、法然上人の「石棺」、7、放生池とまぶ、8、長法寺絹本着色釈迦金棺出現図、9、東宮殿下台臨地記念碑、10、古今伝授の間ゆかりの地碑

長岡京市東部

1、長岡京発掘記念碑、2、一里塚、3、神足六連橋、4、神足館、5、平和記念碑
6、神足遺跡、7、勝竜寺城外堀跡、8、老ケ辻三連橋、9、恵解山、10、与一兵衛の墓
11、神足石仏群

西山天王山

T、十七士の墓、2、天王山城跡、3、龍神の池・龍王神社、4、奥の山展望所
5、乗願寺の大仏、6、楊谷寺の独鈷水、7、土御門天皇陵、

大山崎北部

T、小倉神社大灯篭、2、三浦芳次郎の碑、3、葛原親王の塚伝承地・屋敷伝承地
4、石倉神社、5、鳥居前古墳、6、小倉神社、7、円明教寺、8、大日の森
9、大山崎のねじりまんぼう、10、古代の山陽道、11、久我畷、12、石敢當、
13、傍示の木、14、山崎合戦古戦場跡碑、15、光秀本陣跡

大山崎南部

T、霊泉連歌講碑、2、山崎院跡、3、大山崎瓦窯跡、4、漱石の句碑、
5、関大明神社、6、水無瀬神宮の碑、7、トロッコ線路跡、8、桂川の早瀬
9、狐の渡し、10、残念石、11、山崎の津、12、銅インゴット

裏表紙

幻の愛宕山鉄道展ーブログ上ー/写真の追加

「幻の愛宕山鉄道切符・はがき、パンフレット」展

ケーブルカーの電気図面を追加。長岡京市在住のH氏が提供。末尾の「続きを読む」をクリック。

 京都の北西、嵐山、清滝方面に、愛宕山鉄道があったことをご存知ですか。京都生まれ、育ちの66歳の私ですが知りませんでした。たまたま図書館で愛宕山鉄道の本を読み、そういえば古い記憶の中に、愛宕山にスキー場があったことを誰かに聞いたことがあります。
 店のお客様の鉄道フアンから聞いて、資料を集め出したらいつの間にか10年を経過し、どうにか皆さまに報告できる資料が集まりました。
 以前に、店で展観しましたが、お客様からの要望で、今回ブログ上で展観します。まだまだ、足りない資料がありますがお楽しみください。
2014年(平成26年)11月11日
古民具やまもと 店主

1. 愛宕山鉄道の歴史

 愛宕山鉄道の敷設は、大正中頃愛宕山の参詣、登山のために計画され、あわせて山頂にホテル、遊園地。スキー場なども計画された。
 鉄道、ケーブルカーの工事は、昭和3年(1928)6月に開始され、愛宕山鉄道開業は翌年4月に、同年7月にケーブルカーの開業、昭和5年(1930)7月には、愛宕山ホテル、遊園地が開業された。
 ところが、太平洋戦争の末期、戦局の悪化により昭和19年に愛宕山鉄道、ケーブルカー、他の施設も撤去、廃止された。戦後の再開業の計画もあったが、資金難から開業できなかった。

 2、車両等
  
 今の京福電気鉄道(嵐電)の嵐山駅の1番ホームの北側に愛宕山鉄道のホームがあり、駅は嵐山、釈迦堂、鳥居本、清滝であり、線路は単線、総延長は3.39q、トンネルは清滝トンネルの1か所。
 車両は、北大阪電気鉄道が使用していた「1型」車両、長さは約13m、新京阪鉄道(現在の阪急電車)から当初は6車両を借り、後に購入した。
 鋼索線は、延長約2q、高低差は約638m。車両は東洋車両製造、車両は約13m、定員84人、昭和18年廃止の後は、行方は不明だが、宮津のケーブルカーへ行ったとも言われている。
 北大阪電気鉄道1型の雄姿は、2010年6月30日(株)阪急コミュニケーションズ発行の「HANKYU MAROON WORLD阪急電車のすべて2010」の34Pで見ることができる。


嵐山駅の北側ホームの愛宕山鉄道,想像図



                   鳥居本付近の愛宕山鉄道想像図  
3、切符・はがき、パンフレットから

 開業当時の切符・はがき、パンフレットから、開業当時の様子を見る。


@ 「嵐山・清瀧愛宕山・高尾略図」京阪電車発行。開業時の昭和3年か4年
発行。
 ご相談所の欄に「新京阪」の名称が使われているので発行日が特定できる。
「新京阪」は阪急電車の前の社名で、大正14年から昭和5年まで「新京阪鉄
道株式会社」。「新京阪」は北大阪電気鉄道株式会社から大正14年に「新京阪鉄道株式会社」となった。路線は十三から千里山、京都線。(26・5p×19p)


@ の「嵐山・清瀧愛宕山・高尾略図」の裏面。



A 「愛宕山鉄道沿線案内図」愛宕山鉄道株式会社発行
鳥瞰図。西院大阪間の鉄道が新京阪と記載されている。ケーブルカー6月
 開通と記載されているので、昭和4年発行と判明する。

Aの裏面。料金表。
(26p×12・5p)




B「嵐山、嵯峨、御室、清滝、愛宕、嵐峡下り」の案内。鳥瞰図。愛宕山鉄道
発行。かなり詳細に描かれている。開業当初昭和3年か4年発行。
(28・5p×21p)

Bの裏面。



C「嵐山、嵯峨、御室、清滝、愛宕、嵐峡下り」の案内書。鳥瞰図。愛宕山鉄道株式会社発行。昭和6年から7年頃。開業当初の案内書から手直しされ、また裏面の運賃額が改定(値上がり)されている。
(19・5p×18・5p)

裏面



D「国民精神総動員京阪沿線案内その二、愛宕嵐山方面」の案内
書、京阪神急行電鉄株式会社発行、昭和18年発行と推定。昭和18年
阪神急行電鉄が京阪電気鉄道と合併し、京阪神急行電鉄株式会社が発足。
時節も太平洋戦争末期、その時節の中で観光案内が発行されていることは
不思議な感じ。印刷用紙、インクが粗悪になっている。(27p×19p)

裏面



E切符各種



F切符各種



G「愛宕山ケーブル起点清滝川駅」の絵はがき。発行所不明。昭和3年発行。


H「愛宕山ケーブル起点清滝川駅」の絵はがき。
発行所不明。写真は開業東寺のものを使用。昭和4年以降発行。清滝川付近も見える。



I「愛宕山ケーブルカー第二隧道に向ふ鋼索電車」の絵はがき。昭和4年以降発行か。昭和5年の1月2日の記念スタンプ印がある。発行所不明。



J「京都愛宕登山ケーブル」昭和4年以降か。宛名の印刷が他の絵はがきと
異なる。他の絵はがきと違うのか。



K「愛宕山ケーブルカー電車室内部」昭和4年以降か。愛宕山ではなく、愛宕と記述がある。



L「京都愛宕山登山ケーブル第一隧口下り鋼索電車」昭和4年以降か。


M「愛宕山ケーブル第二鉄橋進行中の鋼索電車」発行所不明。開業当初の絵はがき。


N「京都愛宕山登山ケーブルカー頂上」、開業当初の絵はがき。山頂
付近はまだ何も準備が出来ていない様子が分かる。



O「叡山と嵐山」京都電灯株式会社発行。愛宕山鉄道の開業時の昭和4年か5年の発行。四条大宮駅が記載されている。「新京阪」から京都電気鉄道株式会社になった昭和5年に四条大宮が開業された。
 昭和18年まで新京阪と呼ばれた。当時叡山線は、京都電灯株式会社鉄道部叡山電鉄課が担当していた。
 昭和18年になり国策により、京阪電気鉄道と阪神急行電鉄が合併し、京阪神急行電鉄株式会社となり、京都電灯株式会社鉄道部門も吸収された。

Pの裏面


※紅白の横線は、無断で資料が使われないようにしました。ご了承ください。
※12月12日Gの写真を入れ替え、Hのキャプションを修正。